新刊「小説デジタル人民元」

歴史の記述その2 / 历史的记录 之二

歴史の記述 その2

 (下面有中文翻译)

 前回は紀伝体と編年体の話をしました。

 日本では「大鏡」や「大日本史」が紀伝体を採用していますが、主流はもっぱら、編年体です。日本は四方を海に囲まれ国土も狭く、中国のような政治上、複雑な利害関係の衝突が発生しない幸運な環境に恵まれているため、歴史の記述が中国ほど、多層的である必要がないからだと思います(両国の差は、中国の利害錯綜する濃厚な歴史ドラマと、日本の単線的な大河ドラマの違いによく表れています)。

 ただ、ある時代背景を理解するためには日本でも、編年体の歴史書だけではあまりにも、情報量が少なすぎます。それを補う日本史の資料として重要なものが、「日記」だと思います。日本史研究における日記はある意味、紀伝体の「列伝」の役割を果たしているのではないでしょうか。

 「小説 デジタル人民元」では、宋銭を導入した平安末期の時代と、デジタル通貨を導入しようとしている令和の現代が酷似していると、強調しています。そして平安末期の日記として、小説の中でも引用しているのが九条兼実の「玉葉」です。

  近代、唐土(もろこし)より渡る銭、此朝において恣(ほしいまま)に売買云々、私鋳銭は八虐に処し、よしんば私に鋳せざると雖も行うところの旨は私鋳銭と同じにして、もっとも停止を被るべし

               九条兼実玉葉治承三年(一一七九年)七月二十七日条

 九条兼実(1149-1220年)は後白河法皇と源頼朝の間をうまく渡り切り、関白に昇格しますが、後鳥羽天皇と対立し失脚します。晩年は浄土宗に帰依し、小説の中でも何度か引用する親鸞に娘を嫁がせたりしています。余談ですが大河ドラマ(鎌倉殿の13人)では田中直樹さんが九条兼実を演じるそうです。

 そしてその兼実の日記が玉葉です。彼が16歳から55歳まで書いたそうです。源氏になびいていた彼は平家の経済力の源であった宋銭を忌み嫌い、「私鋳銭」と同じだから「停止を被るべし」だし、使うものは「八虐」(重大犯罪)として処罰せよと言っています。

 

 この九条兼実のような頑迷な保守勢力は、デジタル人民元に対する日本政府のアレルギー症状と同じだ!

 小説の主人公の一人・石埜頭取が金融担当大臣を小説の中でそう、罵倒するくだりを用意していたたのですが、紙数の関係で、削除してしまいました(涙、、、)。でも、国家通貨を司る立場からビットコインなど仮想通貨を見ると、九条兼実のような表現になるんだろうな、時代が変わっても、人間の発想はあまり変わらないなと、思えてきます。その時代感覚は編年体の歴史書だけではわからず、やはり日記とか列伝のようなものが無いと、歴史理解は浅くなるのだなと感じます。

 ちなみに九条兼実の同母弟で天台座主となった慈円は「愚管抄」という歴史書を記しています。編年体と言えば編年体と言えるかもしれませんがむしろ、歴史を動かす力を分析した理論書のような内容で武家政権の誕生を容認します。

 残念ながら通貨に対する記述は無いのですが、、、。

 

历史的记述 之二

  之前我谈到纪传体和编年体。

  在日本,《大镜》和《大日本史》采用的是纪传体,但主流都是编年体。我认为这是因为日本四面环海,国土面积狭小,拥有一个得天独厚的幸运环境,没有像中国那样复杂的政治利益冲突,所以历史的记述不需要像中国那样多层次(两国之间的差异清楚地体现在历史电视剧,中国的历史连续剧,利害关系错综复杂,而日本的“大河剧“情节较浅薄)。

  然而,即使是在日本,仅靠编年体的历史书来理解某个时代背景,信息量也太少了。我认为,弥补这一缺陷的日本史资料就是“日记”。在日本史研究中,日记在某种意义上可能起到了纪传体的“传记”作用。

  在《小说 数字人民币》中,强调了引进宋朝钱币的平安时代晚期与现在正在尝试引进数字货币的令和时代极为相似。小说中还引用了平安时代晚期的日记,即九条兼实的《玉叶》。

  近,闻有币东渡自唐土,猖行于本朝,云云。私铸者,刑八虐也。行事同私铸者,亦当禁之。 九条兼实 《玉叶》 治承三年(1179年)7月27日条

  九条兼实(1149 – 1207年)成功渡过后白河法皇和源赖朝之间,晋升为关白,但因与后鸟羽天皇对立而失去地位。晚年皈依净土宗,并将女儿嫁给小说中多次引用的亲鸾。说句题外话,据说在大河剧(镰仓殿的13人)中,田中直树将饰演九条兼实。

  而兼实的日记就是玉叶。听说他从16岁写到55岁。支持源氏的他,对平家经济力量来源的宋币深恶痛绝,认为宋币与“私铸钱”一样,“应该停用”,任何使用宋币的人都应该受到“八虐”(重罪)来进行惩罚。

  九条兼实这种顽固的保守势力就像日本政府对数字人民币的过敏症状是一样的!

  小说主角之一的石埜行长在小说中痛骂金融大臣的那段,原本是准备好的,但后来因为页数的关系而不得不删除。但是,如果站在管理国家货币的立场来看比特币等虚拟货币的话,就会出现九条兼实那样的说法吧,即使时代变了,人类的想法也不会有太大的变化。我觉得时代感不能只靠编年体的历史书来理解,如果没有日记或传记之类的东西,对历史的理解就会变得肤浅。

顺便一提,九条兼实的同母异父弟弟,后来成为天台座主的慈圆曾写过一本名为《愚管抄》的历史书。也可以说是编年体,但它更像是以分析推动历史的理论书,认可武家政权的诞生。

  很遗憾,没有关于货币的记载、、、。

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